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2011/03/28 (Mon) 22:35
web拍手返信(3月28日分)

色々不安な事もあると思いますが、ひとまずは卒業(修了?)おめでとうございます。
ありがとうございます。
色々とあるかもしれませんが、がんばりたいと思います。
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2011/03/26 (Sat) 22:41
近況報告

大学院を修了しました。
大学を含めて、6年間、京都で学生だったわけですが、やはり6年もいた大学を離れるのは色々と感慨深いですね。
友人も結構、地域がバラバラなので、なかなか会うことも難しそうです。
まぁ私の場合は、このままの感じだと4月からも時間がありそうなので、割と自由に行動は出来るんですが。
ちなみに卒業式(修了式)の日は、帰らずに始発まで大学で過ごしましたが、最後の日に朝まで大学にいたのも、いい思い出ですね。

振り返ると、本当に大学生活は楽しかった。
中学・高校なんかよりはるかに楽しかった。
自分のやりたい事をやれるっていうのは本当に楽しいことでした。
特に大学院の2年間は、私の人生で一番価値の有る2年間だったのではないかなとさえ思うほど、濃い2年間でしたね。
この6年間の経験を絶対に無駄にしないようにしたいのですが、果たして4月からの私の人生はどうなるのやら。
本当に、どうしようもなくなったら、本でも書こうかな。

2011/03/24 (Thu) 21:06
web拍手返信(3月24日分)

そう言えば真田信繁は史実では全く幸村とは呼ばれていない事は有名ではなかった。どこでついたんでしょうか
兄の信幸が徳川陣営で忠勝とも義理の兄弟という関係にもなっていたし、そちらのエピソードがあってもいい気もしますね…
おっと間違えました、確か嫁いだのは忠勝の娘のはずですし。戦国時代は敵の血縁者と婚姻関係が当たり前だからややこしい

江戸時代に書かれた『難波戦記』という作品が幸村という名を広めたようですね。
そういった婚姻関係が有ったからこそ、後世に悲恋ものなど、多くの物語が作られる事が戦国時代は多いのでしょうかね。

そして明日は卒業(修了)式。遂にこの日が来てしまったか…。

2011/03/22 (Tue) 21:28
ガイドキラー外伝・長野県関連の偉人・真田信繁(幸村)編

今回は、幸村として有名な真田信繁です。

・真田信繁(幸村)
武田家に仕えていた信濃の国衆である真田氏の次男として生まれる。
武田が滅びると織田に恭順、信長が死ぬと上杉に帰属し自立、信繁は上杉の人質になっている。
秀吉が台頭してくると、真田氏は豊臣に帰属、信繁は大坂の人質になっている。
豊臣家臣である大谷吉継の娘が正妻になっている。
ただ、この頃の信繁については、史料がほとんど無いため、詳しい事は分からない。
関ヶ原の戦いでは、父と共に西軍についたが、兄は家康家臣である本田忠勝の娘の夫であったため、東軍についている。
信繁と父は、上田城に立てこもり、秀忠軍を迎え撃っている。この事が原因で、秀忠軍は関ヶ原に間に合っていない。
関ヶ原後は、本田忠勝の取り成しで、切腹ではなく、紀州九度山に流されている。
そこで、父親は死亡、信繁は出家している。
大坂の陣が近づくと、信繁は九度山を脱出して、息子と共に豊臣方の大坂城に入城している。
大坂の陣で活躍したが、最終的に豊臣方の敗北は決定的となっため、家康本陣に向かって突撃し、家康を恐れさせたとされている。
その後、安居神社にいたところを襲われ、討ち取られている。
ただ、実は死んでいなかったという言い伝えもある。

真田幸村として有名な人物ですが、史実では「幸村」と名乗っていた事は確認されず、後世の物語の中での呼び名の方が有名となってしまった人物のようです。
また、真田十勇士という忍者を引き連れていたという話もありますが、これも全くのフィクションです。
このように、物語では非常に人気のある人物なわけですが、何がそこまで人をひきつけるのかは、興味がありますよね。
また、忠臣として描かれることも多いわけですが、これも物語の影響が強いのではないかなと個人的には、思ってしまいますね。
もっと一旗挙げてやるぜな人物っぽくも感じてしまう。いや、これは完全に主観ですが。
ちなみにBASARAでは、なぜか武田信玄の忠臣になっていますが、時代的に信玄とは全く違います。
信玄に仕えていたのは、おじいさんの時代だったといってよいでしょう。
というか、豊臣とか忠勝との絡みをもっと増やしてやれよと思ってしまうのですが。
まぁでも、物語の中の「真田幸村」は今後も人気のある人物であり続けるのでしょうね。

2011/03/20 (Sun) 21:44
ガイドキラー外伝・長野県関連の偉人・源義仲編

長野ですが、まずはこの人物から。

・源義仲
河内源氏の家に次男として生まれる。母は遊女であったとされる。
色々な伝承があるが、父親が頼朝らの父である義朝との対立で討たれたため、信濃に逃れたとされている。
以仁王が平氏打倒の令旨を出すと、挙兵。
北陸に侵攻、勝利を重ね、京都へ入った。
しかし、皇位継承への介入や京都の治安を悪化させたことで、後白河法皇との関係が悪化。
信用回復のため、出陣した。
しかし、戦いでは苦戦。さらに京都には、義経らの軍勢がやって来るという情報も入ったため、京都へ戻る。
ここから、頼朝との対立が決定的となる。
朝廷は、頼朝側につくつもりであった。そのため、義仲は後白河を攻撃。
後白河を幽閉した。
ただ、義経らの軍が京都に近づいたため、開戦。
大敗し、顔面に矢を討たれて、死んだとされている。

源平ものが作品化された場合、必ず粗野な感じで描かれるような気がします。
巴御前の話も有名ですね。
源平ものだと、大体は義経が主役になりますが、義仲が主役の大河が作られることはあるのでしょうか。
法皇を攻撃したっていうのが、ひょっとしてネックになっちゃうのかなぁ。

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