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2010/11/25 (Thu) 23:06
ガイドキラー外伝・茨城県関連の偉人・徳川斉昭・慶喜編

この2人も、別にやらないといけないかなと思いました。

・徳川斉昭
水戸藩9代藩主。
皇族の娘と結婚している。
身分の高くない層から登用を行い、藩政改革を行った。
一旦は、色々な事件の罪を問われて、幕府から謹慎をくらうが、後に復帰。
藩政に関与する。
黒船来航後は、幕政にも関与。攘夷論を主張し、井伊直弼と対立する。
14代将軍を決める際にも、息子である慶喜を推して直弼と対立。
結果的には、直弼が政争で勝利、謹慎をくらい、安政の大獄で、政治生命を絶たれる。

・徳川慶喜
江戸幕府最後の将軍。
徳川斉昭の七男。
幕府からの命で、一橋家を相続することになる。
14代将軍を決める際、斉昭や島津斉彬などから将軍に推されるが、将軍になったのは家茂であった。
安政の大獄で、謹慎をくらう。
井伊直弼が暗殺されると、謹慎解除。
天皇の勅命もあって、将軍後見職になり、文久の改革を行う。
この改革で、京都守護職が設置される。
自身も、京都に赴き、朝廷と交渉を行うなど、重要な役割を担った。
家茂死後に、将軍になり、幕府の軍制改革を行っている。
徳川政権維持のために、大政奉還を行うが、新政府側の策略で、徳川政権維持は失敗。
戊辰戦争が始まり、幕府側が不利と判断すると、愛人とともに江戸へ退却。この退却の動機は、不明とされている。
江戸城が無血開場すると、水戸に移る。その後、駿府に移り、趣味に没頭する生活を送る。
その後、巣鴨に移住。

幕末を語る上で、絶対に外せない2人でしょうか。
将軍を出せなかった水戸徳川家が、幕末になって活躍するというのは、面白いですね。
慶喜は、かつては評価がすごい低かった人物ですが、最近は、再評価もされている人物です。
まぁ昔は、薩長はすごかったけど、幕府はだめだめだったという考え方が主流でしたからね。
最近は、幕府もすごいがんばっていたという評価をされるんですが。
ただ、そうは言っても、薩長がすごかったんだっていう評価が一般的なお茶の間では、まだまだ言われている感じがしますね。

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