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2010/12/21 (Tue) 22:54
ガイドキラー外伝・神奈川県関連の偉人・執権編

今回は、鎌倉幕府執権の主要な人物を取り上げます。

・北条義時
2代執権。
初代執権時政の次男。政子の弟でもある。
兄は、石橋山の戦いで死亡している。
平氏との戦いの際は西国へ行き、奥州藤原氏との戦いにも参加している。
頼朝の死後、父や姉と共に、将軍の独裁を抑え、有力御家人を滅ぼしていく。
ただ、父とも対立、父親を追放し、幕府のトップに立つ。

・北条泰時
3代執権。義時の長男。
承久の乱の際には、幕府軍総大将として上皇軍を破る。
乱後、叔父と共に、六波羅探題で、朝廷の監視、西国の御家人統括を行う。
義時死後、政子の命で執権に就任。
幕府の今までの独裁的な体制を改め、叔父と共に、合議制で政治をおこうなう。
また「御成敗式目」と呼ばれる幕府の法令をつくる。

・北条時頼
5代執権。泰時の孫。
時頼が執権になった際、反北条氏勢力が勢いづいていたが、それを一掃、北条氏独裁政治を強める。
また摂関家からの将軍を追放、皇族から将軍を迎えるようにする。
独裁色を強める一方で、政治組織を整え、御家人や庶民への救済政策を行っている。

3人ともあまりメジャーではないかもしれませんが、政治的には優れた人たちばかりといえるでしょう。
独裁的→合議制→独裁というふうに執権政治が移り変わっているというのが面白い。

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