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2011/01/03 (Mon) 22:59
ガイドキラー外伝・東京都関連の偉人・徳川家康編

今回から東京です。
東京なので徳川将軍を一部を除いて、やっていこうかなと思います。
最初はもちろん家康。まぁ三河の偉人かもしれませんが。

・徳川家康
徳川幕府初代将軍。江戸時代を始めた人物である。
三河国の松平氏に生まれる。
幼少時代、今川氏の人質に出されるが、家臣の裏切りで織田家に人質に連れて行かれる。
その後、今川氏に送られる。
今川義元の姪と結婚する。

今川義元が信長に敗れると、今川氏から独立。信長と同盟を結ぶ。
三河を統一する。
武田とは対立。ただ織田と武田は同盟関係。
しかし、足利義昭の働きもあって、武田が反織田側に。
武田は徳川領に侵攻し、家康は惨敗する。
ただ、信玄が急死したので、武田は撤退。
この頃、家康の妻と長男に武田内通疑惑がかけられ、信長の指示で両者を殺害している。これに関しては、諸説ある。
その後、信長と共に武田を滅ぼしている。

本能寺の変で信長が死ぬと、大混乱が起こるが、なんとかうまくやって、北条とも同盟を結び、大大名になる。
信長死後は秀吉と対立、戦闘では勝利するが、政治的に敗北。次男を秀吉の養子にする。
さらに家康と協力関係にあったものが次々と滅ぼされ、協力していた真田も寝返り、その真田に敗北することになる。
また、家臣の間でも反秀吉か親秀吉かで対立が起こり、親秀吉の家臣が秀吉に寝返ったりもした。
それでも家康は、秀吉に臣従することは無かったが、秀吉が妹を正室に差し出し、母親まで人質に差し出してきたので、家康は臣従することにする。

そして家康は秀吉の命で、今までの領地から江戸に移動することになる。
江戸に送られたことに関しては、冷遇策とも優遇策ともいわれている。
朝鮮出兵では、渡海はしていない。
秀吉死後は、五大老になる。
この頃から、前田や石田と対立することになる。
ただ、前田に関しては、利家の妻である芳春院(まつ)が人質に差し出されたので、前田は実質的に徳川の支配下になる。
そして家康は、上杉が不穏であるという事を聞き、上杉討伐に出かける。
それに際して、石田が挙兵したので、家康は反石田の大名を集め、東軍を結成。
そして関が原の戦いで勝利。
実質的に天下人となる。

そして征夷大将軍にも任命され、名実共に天下人となる。なおこの際、征夷大将軍になるために系図を書き換えたというはなしもある。
この後、幕府の体制を整えていく。
将軍になった4年後には、将軍をやめ、駿府で大御所政治を行う。
ただ、豊臣は未だ健在であった。
有力大名が次々と死んでいく中、家康は豊臣妥当のために策動を開始。
寺の鐘の文字にいちゃもんをつけ、開戦する。
真田信繁に本陣に突入されたりもしたが、大坂の陣で豊臣を滅ぼす。
そして、天下を安寧にして、75歳で死ぬ。

家康に関しては、色んな評価があります。
信長・秀吉・家康の中では、一番人気が無い人物のような気もします。
確かに家康は、3人の中で一番、腹黒い人物として描かれがちな気もしますが、2百数十年も続いた天下泰平の時代を築いたという点で評価されて当然の人物だと思います。
戦でも政治でも優秀ですしね。一部、失敗もしていますが。

ちなみにBASARAでは、前作までは忠勝に頼りきりな子どもとして描かれていましたが、3では急成長し、絆を連呼しながら素手で戦う人物になっています。
どうしてそういうキャラになったのかは、よく分かりませんが、天下太平を導いたということで主人公になったのでしょう。

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