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2011/01/24 (Mon) 22:55
ガイドキラー外伝・東京都関連の偉人・徳川家斉・家慶編

今回はこの二人です。

・徳川家斉
11代将軍。
一橋家に生まれる。
10代将軍家治の男子が急死したため、養子になった。
そして家治の死後、15歳で将軍になる。
将軍になると、田沼を罷免し、白川藩主の松平定信を老中にしている。
定信は寛政の改革を行った。
島津家の娘で、摂関家の養女である女性と結婚。
定信が進めた改革は幕府上層部から批判が起こったため、定信は罷免される。こうして寛政の改革は終わる。
ただ、定信派の老中は多数おり、定信の政策は継続した。
しかし、定信派の人間が年をとっていく中で、家斉は寛政の改革時代とは逆の奢侈な生活を送るようになる。
そういったこともあって、経済は混乱した。
そんな中、大坂で大塩平八郎の乱が起こった。
次男の家慶に将軍を譲ったあとも大御所政治を行った。
愛人も多数いたため、子どもが53人いたといわれる。その養育費もあって、幕府の財政は苦しくなった。

・徳川家慶
12代将軍。
家斉の次男。
ちなみに長男は早死にしている。
45歳で将軍になったが、実権は家斉が握っていた。
家斉が死ぬと、水野忠邦に天保の改革を行わせている。
ただ、その改革は評判が悪く、すぐに忠邦は失脚している。
ペリー来航の19日後に死亡している。

いよいよ幕府がやばくなってきましたね。
まさに改革→堕落→改革の時代なわけですが、結局どちらの改革も功を奏せず、幕府は崩壊に向かっていくわけです。

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