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2011/01/26 (Wed) 22:55
ガイドキラー外伝・東京都関連の偉人・徳川家定・家茂編

今回は、この二人です。
慶喜は別のところでやったので、これで徳川将軍は終わりですね。
結構長かった。

・徳川家定
13代将軍。
12代将軍家慶の四男。
家慶の男子は、ほとんど死んでいる。
家定が将軍になったのは、ペリーとの交渉をどうするかもめていた時期であった。
ただ、家定は生まれつき病弱で、幕政は老中達が主導していた。
病弱であり、妻も死ぬか子どもが生まれなかったため、後継者争いが起こった。
紀伊藩主の慶福を推す南紀派と一橋慶喜を推す一橋派の対立である。
この後継者争いでは、南紀派が勝利。慶福が養子になり、家定は35歳で死んだ。

3年前の大河で一気に有名になった人ですね。まぁ現実は、ドラマのような人物ではなかったのでしょうが。

・徳川家茂
14代将軍。
紀州藩主の家に次男として生まれる。長男は流産で死亡している。
叔父の先代藩主が死亡したため、3歳で紀州藩主となった。
そして、後継者争いを経て、12歳で将軍になっている。
ただ、実権は最初は井伊直弼、後には慶喜が握っていた。
公武合体政策として、皇族の和宮と結婚。非常に仲がよかったとされている。
また、攘夷を天皇に誓うため、将軍としては、229年ぶりに上洛している。
そして、長州征伐のために大坂城にいたところ、20歳で急死している。

和宮の話や勝海舟の高評価もあってか、創作では、慶喜より有能で魅力あふれる人物として描かれがちな感じがします。
まぁぶっちゃけ、早死にだから本当に有能だったかは分かんないじゃんと思ったりもしますが。

そんなわけで、徳川将軍編は終わりですが、最後の方は病弱だったり、急死だったりと、崩壊を暗示するような感じになっています。
まぁ、病弱だったり急死したからこそ、崩壊したのかもしれません。そうじゃなかったら、歴史は変わっていたのでしょう。
まぁ、ifを考えてもしょうがないんですが。

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