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2011/03/08 (Tue) 21:25
ガイドキラー外伝・福井県関連の偉人編

福井県はこれでお終いです。

・杉田玄白
小浜藩医として江戸の藩屋敷に勤めていた。
平賀源内らと友人であった。
オランダ語の医学書である『ターヘル・アナトミア』の手に入れ、刑場の死体腑分けを見学し、本の解剖図が正確である事を知った。
そして、友人らと共に苦労して和訳し『解体新書』を刊行した。

一度は、教科書で名前を聞いたことが有る人物だと思います。
小浜藩の人だったんですねぇ。知りませんでした。

・松平春嶽
16代福井藩主。
江戸で田安徳川家に生まれる。
福井藩主の養子になり、11歳で跡を継いだ。
そして開明的な家臣と共に、藩政改革を行った。
黒船来航時には攘夷派であったが、後に開国派になっている。
14代将軍を決める際には、慶喜派であった。さらに、幕府が朝廷の許可なしに通商条約を調印すると江戸城に登城して抗議したため、謹慎の処罰を受けた。
大老井伊直弼が暗殺されると、幕政に参加することになり、政事総裁職に就任した。
ただ、慶喜が尊皇攘夷派と妥協しようすると、辞職している。
そして、福井藩の兵力を動員して、京都を制圧し福井藩中心で新しい政治を始めようと計画したようであるが、ゴタゴタがあり中止となっている。
その後も、幕末の有力藩主として、活躍している。
明治時代になっても、新政府の役職についている。

昨年の大河にも出ていましたが、幕末好きなら絶対知っている人物でしょうか。
にしても、ここまで幕末で重要な役割を担っていたとは知りませんでした。

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