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2011/03/22 (Tue) 21:28
ガイドキラー外伝・長野県関連の偉人・真田信繁(幸村)編

今回は、幸村として有名な真田信繁です。

・真田信繁(幸村)
武田家に仕えていた信濃の国衆である真田氏の次男として生まれる。
武田が滅びると織田に恭順、信長が死ぬと上杉に帰属し自立、信繁は上杉の人質になっている。
秀吉が台頭してくると、真田氏は豊臣に帰属、信繁は大坂の人質になっている。
豊臣家臣である大谷吉継の娘が正妻になっている。
ただ、この頃の信繁については、史料がほとんど無いため、詳しい事は分からない。
関ヶ原の戦いでは、父と共に西軍についたが、兄は家康家臣である本田忠勝の娘の夫であったため、東軍についている。
信繁と父は、上田城に立てこもり、秀忠軍を迎え撃っている。この事が原因で、秀忠軍は関ヶ原に間に合っていない。
関ヶ原後は、本田忠勝の取り成しで、切腹ではなく、紀州九度山に流されている。
そこで、父親は死亡、信繁は出家している。
大坂の陣が近づくと、信繁は九度山を脱出して、息子と共に豊臣方の大坂城に入城している。
大坂の陣で活躍したが、最終的に豊臣方の敗北は決定的となっため、家康本陣に向かって突撃し、家康を恐れさせたとされている。
その後、安居神社にいたところを襲われ、討ち取られている。
ただ、実は死んでいなかったという言い伝えもある。

真田幸村として有名な人物ですが、史実では「幸村」と名乗っていた事は確認されず、後世の物語の中での呼び名の方が有名となってしまった人物のようです。
また、真田十勇士という忍者を引き連れていたという話もありますが、これも全くのフィクションです。
このように、物語では非常に人気のある人物なわけですが、何がそこまで人をひきつけるのかは、興味がありますよね。
また、忠臣として描かれることも多いわけですが、これも物語の影響が強いのではないかなと個人的には、思ってしまいますね。
もっと一旗挙げてやるぜな人物っぽくも感じてしまう。いや、これは完全に主観ですが。
ちなみにBASARAでは、なぜか武田信玄の忠臣になっていますが、時代的に信玄とは全く違います。
信玄に仕えていたのは、おじいさんの時代だったといってよいでしょう。
というか、豊臣とか忠勝との絡みをもっと増やしてやれよと思ってしまうのですが。
まぁでも、物語の中の「真田幸村」は今後も人気のある人物であり続けるのでしょうね。

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