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2011/04/06 (Wed) 21:28
ガイドキラー外伝・岐阜県関連の偉人編

今回は斎藤親子です。

・斎藤道三
出生については、よく分からない部分が多いようである。
ただ、11歳の時に僧侶になったとされている。
その後、還俗し油屋の娘と結婚し、油屋になったとされている。
さらにその後、美濃小守護代長井氏の家臣になったとされている。
さらにその後、美濃守護代の斎藤氏の名跡を継いでいる。
以上の事は、これまで道三の経歴とされていたが、道三の父親の経歴が混じっている可能性が高いようである。
この後、道三は、美濃守護土岐氏を追放し、事実上の美濃国主になったとされている。
土岐氏と斎藤氏の争いには、織田氏も介入していたが、道三は織田と和睦し、娘を織田氏嫡男信長に嫁がせている。
織田氏の後援を得た道三は完全に美濃を制圧した。
その後、道三は家督を譲り、剃髪し隠居した(道三と名乗るのはここから。それ以前は利政など)。
ただ、家督を譲った息子である義龍と不和になり、義龍は弟達を殺害して挙兵。
道三は、義龍軍との戦いで戦死している。

油屋から大名になったとして、下克上を代表する人物として取り上げられがちな人物です。
ただ、その下克上は親子2代にわたったものだったのではないかという説が有力になっているようです。
最後は息子に殺されてしまうわけですが、これに関しても、義龍は道三の子どもではなかったとか色んな説があるようですね。
色んな説はありますが、「斎藤道三の国盗り物語」は、これからも創作の題材として取り上げられるんでしょうかねぇ。

・濃姫
信長の正室。
ただ、濃姫と呼ばれていたかはよく分からない。
斎藤道三の娘で、母親は明智氏。
光秀の従兄妹という説も有るが、これに関しては不確定。
濃姫の史料は少ないため、不明な部分が多い。
子どもがいたのかどうかも不明。
死亡に関しても、時期や経緯など、全く分かっていない。

大河や信長を主役にした作品、ゲーム等では、必ず重要な役割を担っている人物ですが、実際のところは、どういう人物だったのか全く不明なようです。
だからこそ逆に、創作で色々とできてしまう人物なのかもしれません。
ただ、大河の主役にしようとかいうことになったら、かなりとんでも作品になったりして。

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