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2011/04/12 (Tue) 22:17
ガイドキラー外伝・愛知県関連の偉人・豊臣秀吉編

大阪の偉人でもありますが、ここでやります。

・豊臣秀吉
実は、秀吉の出自ははっきりしていない。ただ、下層階級出身ではあるようである。
はじめは木下藤吉郎と名乗り、今川家の家臣の家臣に仕えた。
その後、どういう経緯かは不明であるが、織田信長に仕える。その前に蜂須賀家に仕えていたという話もある。
ねねと結婚する。
信長の下で活躍し、浅井家滅亡後、北近江に領地をもらい、長浜城主となる。
この頃、名前が羽柴秀吉となる。
その後、中国攻めを行うが、その最中に織田信長が本能寺の変で死亡。
それを知った秀吉は、毛利と和睦し、すぐに京へ戻った。
そして明智光秀を倒し、京を掌握した。
信長の後継者を決める清洲会議では柴田勝家と対立したが、結果的に秀吉の意見が採用される。
領地は、光秀の旧領である丹波・山城・河内を手に入れる。
柴田勝家との対立は深まり、戦になる。
結果的に秀吉が勝利、またその戦の過程で織田時代の有力者を色々と倒したため、秀吉が一番の勢力をもつことになる。
その後は、信長の次男信雄と対立、信雄は家康と協力し、戦になった。
この戦いでは、家康が有利に事を進めたが、信雄が講和してしまったため、家康も講和せざるを得なくなった。
そして官位的にも織田家より上になり、実質的に秀吉が政治のトップになった。
家康に対しては、妹を家康の正室にし、母親まで家康の人質にさしだしたので、家康は秀吉に臣従せざるを得なくなった。
そして大坂城を建設した。
その後、紀州・四国・越中を征圧。
摂関家の猶子として関白になり、豊臣の姓をもらい、太政大臣にもなった。こうして秀吉の政権が完成した。
その後、九州も征圧。小田原の後北条氏も打ち倒し、東北の大名も従ったので、天下統一が完成した。
後継者に指名していた淀殿との子は死亡したため、甥の秀次を養子として関白を譲り、秀吉は太閤と呼ばれるようになった。
実権は秀吉が握っていた。
この頃、重用していた千利休を切腹させているが、これに関しては諸説ある。
さらに秀吉は明を征服するため、朝鮮に出兵した。最初は有利に進んだが、やがて膠着状態となり、講和交渉が開始される。
国内では、淀殿が秀頼を生んだため、秀次との対立が深まり、秀次を高野山へ追放。
謀反の容疑で切腹させた。
国外では、講和交渉が決裂したため、再度朝鮮出兵を行った。
この頃から、秀吉は病状が悪化。
家康に秀頼の後見役を依頼した。
そして有力大名に遺言書を遺して死亡した。

トップクラスで人気のある戦国大名の一人ですね。
軍事面・政治面でも多大な功績を残した人物です。
ただ、利休の件、秀次の件、朝鮮の件など、晩節を汚しまくったことでも定評のある人物です。
最近の大河でも、主人公や物語の関係上、秀吉の悪い面が目立つ感じにはなっていますね。
まぁ歴史上の人物がいい面と悪い面の両方を持っているのは当たり前ではありますが。
配役は、必ずといっていいほど、「猿顔」の人物が選ばれるますね。「猿顔」というのは私の勝手な評価では有りますが。
ちなみにBASARAでは猿を通り越してゴリラになり、ラオウみたいなキャラになっています。
いや、流石にそれは無いだろ。

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