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2011/04/19 (Tue) 21:30
ガイドキラー外伝・三重県関連の偉人編

今回は三重県です。

・藤堂高虎
現在の滋賀県甲良町に土豪の次男として生まれる。
浅井氏に仕えていたが、信長に浅井氏が滅ぼされると、浅井氏旧臣に仕えた。
その後、秀吉の弟秀長に仕える、活躍を重ねながら領地を得ていく。
秀長が死ぬと秀長の甥で養子である秀保に仕える。
秀保が死ぬと高野山で出家するが、秀吉に召還され、現在の宇和島で7万石の大名となる。
朝鮮出兵にも参加している。
関ヶ原では家康側に付き、戦後20万石の伊予今治藩主となる。
さらにその後、伊賀一国と伊勢の一部に移封され、22万石の伊勢津藩主となる。
大坂の陣でも活躍し、さらに32万石になっている。
家康・秀忠の下で政治面でも活躍し、家康には特に重用されたといわれている。

戦国大名の中では、ちょっとマイナーな人でしょうか。
主君をよく変えた人物として取り上げられることもあります。

・松尾芭蕉
現在の伊賀市に農家の次男として生まれる。
伊賀上野の侍大将の嗣子に仕え、俳諧の道にも入る。
主君が死ぬと仕えるのをやめている。
その後、江戸に行き、俳諧師となる。
深川に住んでいたが、天和の大火で庵を焼失。
その後、しばしば旅に出て紀行文を残す。
特に、弟子の河合曾良を伴った『奥の細道』は有名。
死亡も旅の途中であり、大坂の旅宿で死亡した。

名前は誰でも知っている人物でしょう。
一部では、実は隠密だったのではないかといわれることもありますね。旅の速度が速すぎるというのが理由らしいですが。
ちなみに最近だとギャグマンガ日和のイメージが強かったりするんでしょうか。

・本居宣長
伊勢国松坂に木綿商の次男として生まれる。
兄が死ぬと家を継いだ。
江戸には商売の勉強、京都には医者の勉強のために行っており、他の多くの学問も学んでいる。
京都から帰ると医者をしながら、自分の研究を始めた。
その思想・研究によって国学を大成した。

教科書で絶対に習う人物ですね。
ただ、何をやった人物なのか、というか国学ってなんやねんという人のほうが多いかもしれません。

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