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2011/05/18 (Wed) 21:20
ガイドキラー外伝・岡山県関連の偉人編

今回は岡山県です。

・宇喜多秀家
岡山の宇喜多家次男として生まれる。
父の死後、家督を継いだ。
当時、宇喜多家は信長に臣従しており、中国遠征中の秀吉軍に宇喜多家も組み込まれていた。
本能寺の変の際、秀吉と毛利家の和睦後は、備中東部・美作・備前を領有、毛利家の監視役を担った。
秀吉の寵愛を受けていたため、秀吉の猶子となり、前田利家の娘で秀吉の養女である女性と結婚した。
朝鮮出兵にも参加、帰国後、五大老の一人となっている。
秀吉の死後、宇喜多家では、御家騒動が起こる。これは秀家への不満が原因と言われているが、結果的に優秀な家臣が多く去り、宇喜多家の衰退に繋がる。
関ヶ原では、西軍の副大将として戦った。
関ヶ原後、宇喜多家は改易され、秀家は鹿児島まで落ち延びるが、島津家に身柄を引き渡されている。
死罪は免れたが、静岡の久能山に幽閉され、その後、八丈島に流されている。

どちらかといえば、マイナーな大名でしょうか。
ただ、イケメンだったのではないかという話もあるみたいですね。
いつか大河になるときも来るのだろうか。

・池田光政
姫路藩主池田家の長男。
母は2代将軍秀忠の養女。
父の死後、姫路藩主となるが、幼少を理由に鳥取藩に移封。
叔父である岡山藩主が死亡、さらにその息子が幼少であったため、鳥取と交換になり、光政が岡山藩主となった。
秀忠の孫と結婚している。
庶民向けの学校である閑谷学校をつくったことで有名。

教科書では、この時期の名君として紹介される人物です。
岡山の人は宇喜多と池田どちらが好きなのだろう。

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