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2011/05/30 (Mon) 21:26
ガイドキラー外伝・山口県関連の偉人・木戸孝允(桂小五郎)編

この人は外せませんな。

・木戸孝允(桂小五郎)
萩の城下町に藩医の長男として生まれる。
病弱であったため、桂家の養子となり、武士の身分となった。
藩内の親試で2度褒章を受け、吉田松陰に学ぶなど、学問で注目され始める。
剣術修行のため、江戸に行き、才能を発揮して剣術でも有名となる。
ペリーが来航すると、関東の海岸辺りを実際に見学している。
そしてさらに英語など多くの技術を学んでいく。
藩内でも頭角を現し、藩論を開国攘夷にしていく。
ただ、京都にいた際、蛤御門の変がおき、それ以後は潜伏生活として、但馬出石に潜伏する。
長州で高杉がクーデターを起こした後、リーダーとして長州に迎えられる。
そして、明治維新後は庶政の実質的最終責任者となり、多くの政策を実行している。
ただ、海外視察後、体調を悪くしていく。
また、明治政府の進めた政策に反対することも多く、台湾出兵には抗議して、職を辞している。
大阪会議後、立憲政体を進めること、議会を開くこと、三権分立を条件として政府に復帰。
西南戦争が起きた際、ますます病状が悪化。そして、「西郷もいいかげんにしないか」と言って死亡したとされている。

この人も、めちゃくちゃ人気ある人ですね。
ただ、もとは医者の家だったんですね。これは知りませんでした。
45歳で死亡したわけですが、もっと長生きしていたら明治時代はどうなっていたんだろうと考えてしまう人物の一人ですね。
もっと、違うものになったんだろうか。

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