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2011/07/16 (Sat) 21:57
ガイドキラー外伝・鹿児島県関連の偉人・西郷隆盛編

さぁ遂にこの人ですか。

・西郷隆盛
現在の鹿児島市に下級藩士の長男として生まれる。
子ども時代の怪我が原因で刀を握れなくなったため、学問で努力することとする。
結婚を行うが、祖父・父・母が相次いで死去。家督を相続し、一人で家を支えることとなった。
江戸詰を任じられるが、家は貧窮であったため、妻は実家に引き取られている。
この頃の西郷は、公武合体派の島津斉彬のもとで活動、斉彬の死後もその遺志を継ごうとする。
大老井伊直弼の排斥を考えて活動を行うが、そのために追われる身となり、同士と共に入水している。
西郷はなんとか助けられ、死んだものとして扱われることとなり、奄美大島への潜居を命じられた。
ここで妻をもらい、子どももできている。
公武合体をすすめようとする久光に呼び出され、鹿児島に戻る。
ただ、志士を煽動しようとしたとして久光から徳之島、さらに沖永良部島への遠島を命ぜられている。
ただ、人材を求めた久光に結局呼び戻されている。
そして、また妻をもらっている。
これ以後、薩摩の重要人物として活躍し、坂本龍馬の仲介で薩長同盟を結ぶこととなる。
戊辰戦争の際には、有名な勝との会談を行い、江戸城無血開場を行った。
維新後、岩倉使節団が海外に行くと、留守政府を任せられた。
その留守政府で、西郷が韓国に大使として向かう事が決定されたが、使節団が帰ってくるとそれに反対。
結果的に西郷は政府を辞め、鹿児島へ帰る。
西郷は鹿児島に若者のための私学校をつくり、本人は休養生活を送っている。
しかし、鹿児島には西郷に強い影響を受けた人物が多く、政府に反感を持つ人物も多かった。
そして私学校生徒が火薬庫を襲ったことがきっかけとなって西郷も挙兵。
西南戦争が始まった。
そしてこの戦争の中で自決した。

特に鹿児島では絶大な人気を誇る人物でしょう。
確かに思想的な面でも西郷って面白いこといろいろ言ってて、好きな人は本当に好きそう。
それにしてもここまで島流しに縁のある偉人も珍しいのでは。あとはナポレオンぐらいでしょうか。

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